淡雪



京の気を分断していた壁の最後の要がはずれ、訪れた冬。
振りしきる雪で一面が銀に覆われ、長々と続いていた秋は、終わった。
大晦日まで、あと五日。
目前を歩く少女の軽い足取りは、その現実を忘れさせるほど自然な、見慣れたものになっていた。
最初は随分けったいに見えた短い衣の上に、薄紫の袿を防寒に羽織り、なにが珍しいのか、
周囲をきょろきょろと見回しては白い息を吐く。
そのつどイサトは足を止め、他愛のないお喋りに付き合っていた。

なるべく明るく、快活に聞こえるように注意しながら。
見飽きていたはずの紅葉で彩られた京を恋しがる胸の内を、もう時は進み始めたんだと、いさめながら。

急に、彼女が歓声をあげて立ち止まった。


「きれ―い!!」


凛と立つ木にかぶさる銀白の中に、くっきりと映える赤。
目に懐かしい、柊の木だった。


「柊だよ。これも珍しいのか?」
「ううん。これは私の世界にもあるけど…こうやって、木のまま見るのは初めて!」
「取ってやるよ」


深く積もった雪の中に足を踏み入れると、後ろから腕に重みがかかる。
待っている気はないらしい花梨が、嬉々として袖につかまっていた。
さくさくと音をさせ、一緒に幹まで進んでいく。
手ごろで美しい小枝を見つけると、イサトは鋭角的な葉を器用に避けて、折り取った。


「可愛い!」


わきから覗きこみ、花梨が感嘆した。


「ほら。気をつけろよ、葉っぱ」
「うん、ありがとう」


手を伸ばして受け取ったその指が冷たくて、イサトはぎくっとした。
花梨は、つやつやと光る実を、面白がって空にかざしてみている。
膝下まで雪に埋もれているその姿は、子供のように小さく見えた。
思いついて、イサトは彼女の肩を人差し指で軽く突いた。


「―え?な、なにすっ…わ!わ!ひゃっ!」


バランスを取り戻そうとわたわたと両手で空をつかみ、すとんとしりもちをつく。


「だらしねぇな」


けらけらと笑うと、花梨はむすっとふくれてぱっと片手を振り上げた。
さっと、やわらかい光の粒が舞い上がる。


「わっ、冷てっ!」


反応に満足したのか、調子にのった彼女はあたりの雪を手当たり次第に跳ねちらかした。
負けじとイサトも、雪玉をつくって雪しぶきの中で笑う白い陰に投げつける。
甲高い声をあげてはしゃぎながら、気付けば互いに体当たりして、雪の中に沈んでいた。


「重ーい!」


下から楽しげな悲鳴が聞こえる。
見下ろすと、花梨は髪に雪の小玉をたくさんつけて、紅潮した頬ではじけんばかりに笑っていた。
とっさに、衝動が起こった。
強く彼女を腕に抱え込む。
とたんに柔らかな振動がやみ、しんと静寂がおとずれた。
二人で起こした雪嵐が、何事もなかったようにさらさらと地に降りていた。
弾む息づかいと胸の鼓動だけが、衣ごしにわずかに伝わってくる。


「―――イサトくん?…どうしたの」
「…わかんねえ」


寒さでくぐもった声で応えた。


「お前の手が冷たいから」
「手?」
「腕は細いし、肩も小せえから」
「……それは…イサトくんに比べたら…」
「でも、ちゃんと温かいのな」


ふいに重ねた頬から、血の熱さがじんと通った。


「よかった」


かすかな笑い声で「変なの」とつぶやき、花梨は眠るように瞳を閉じる。


「……背中から凍っちゃいそう」
「――固めちまいたいな」


雪氷で固めて、雪人形にしてしまえたら。
永遠に離さずにいられるのに。


小刻みに、肩が震えた。


「――イサトくん?」


喉の奥から小さな音が漏れそうになる。
唇を噛み締め、息を止める。
冷たい指先が、恐る恐る頬に触れた。


「―――…泣いてるの…?」


頬を、熱い雫がとめどなく流れていた。


行かないでくれ。
消えないでくれ。


顔を埋めた袿に、染みがついていく。
がむしゃらに抱きしめた。
嗚咽は止まらなかった。

突然。
耳元で、暖かい吐息が旋律を奏でた。


「…I don't want a lot of christmas」


はっとして息を呑む。


「…There is juat one thing I need.
I don't care about present...... 」


ゆっくりと、両腕にこめた力をゆるめていく。
するっと、華奢な腕が背中を抱いた。


「Underneath the Christmas tree.
I just want you for my own.
More than you could ever know...」


優しく背を撫でながら、花梨は耳に心地良い囁きで歌い続けた。


「Make my wish come true...... 」


不思議な響きが、胸を縛る荒縄を、解いていく。


「......all I want for Christmas」


涙が、ぽろっと最後の一滴をこぼす。


これも、お前の力なのか。


「......is you」


空からまた、新しい風花が、舞い降りてきていた。





Fin.


あとがき

「All I Want For Christmas Is You」
マライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」です。
いきなり英語で「えぇ?」と驚かれたことと思います。(笑)
でもハッピーなラヴソングでクリスマスのものといったら、これかなと。


クリスマスには、プレゼントもツリーもいらない。
願いを叶えてください。
ほしいものはたった一つ。
あなただけ。

歌詞もメロディーも大好きなんですよ〜v

しかし元はもちろん「風花昇華」です。
泣かせるつもりはなかったんですが…泣いちゃいましたね。
イベントでは泣かないんですよねー、イサトくん。
でも、愛しい神子に消えられたら、泣かずにはいられないだろう!
願望をこめて。(笑)




笹鞠愛花




この作品は笹鞠愛花様のサイト「吹きよせの小籠」にてクリスマスフリー創作として配布されていたものです☆
作者である笹鞠様のあとがきも掲載させていただきました♪
突然の英語に多少驚きましたが(英語まったくダメなんです/汗)、それがいい雰囲気を醸し出しているなー、と思いました(^^)
この切なめの雰囲気がまたいい感じですv
BGMは勿論「風花昇華」で♪
私も切ない系の話を書きたいと思っているんですが……現在は願望で終わっています(苦笑)。
笹鞠様、素敵な作品本当にありがとうございました!

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